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散文

オモテ全文オモテウラ

2023.06.30

スキップとローファーのオンエアを見ながら一枚、また一枚と、紙をちぎって捨てている。


"書く“といえば打ち込みになった今日この頃、なぜ私が白い紙を前に四苦八苦しているかというと、皆様に発表する時の「ご報告」の文書を手書きするためだ。

日頃の感謝を伝えつつ、より簡潔に、的確なコメントをその物腰のままに綴りたい。
堅すぎず、ふざけすぎない、ちょうどいい塩梅での"文字加減"がみつからない。
フォントに打ち込み印刷して透かしてなぞるか、とも思ったのだが、それだとなんだか自分の心がこもりきらない気がしてしまって、うんうん唸って書いている。
手書きでない発表を否定する意図は全くない。
私自身の問題だ。


お腹が空いた。
深夜の書き仕事は腹が減る。
持論だ。


例に漏れず今回もお腹が空いたので、冷蔵庫を開ける。生卵を見つけた。
卵の値段高騰がニュースになる昨今だが、我が家はありがたいことにまだ、卵に困ったことはない。
なぜなら、私の母が東京に遊びに来るたびに、地元農家の生卵をお土産に持ってきてくれるからだった。
そのファームは卵に力を入れているらしく、並の卵でもいつも、スーパーよりちょいと高い。
ところが、卵の値段高騰に伴い、スーパーの卵の値段が追いつきつつあるので、つまり今は、スーパーの卵と同じくらいの値段になった。
そもそもが贅沢なのだが、なんだかお得な気分になる。贅沢をしたいのか、お得を感じたいのか。


兎にも角にも我が家の冷蔵庫には、そんな美味しいお土産卵が輝いていることが多く、今日も例に漏れず、お土産卵が輝いていた。

生卵を一つ取り出したら、冷凍庫を開ける。
冷凍してあるお米を確認。一つ取り出して電子レンジに入れる。本当は蒸し器で蒸すともっと美味しく解凍できる。だがこの家には蒸し器がない。蒸し器が欲しい。が、今は蒸し器はどうだっていい。
電子レンジがゴウと音を立ててお米の時間を巻き戻している間に、醤油を確認、塩を確認、胡麻を確認。

この胡麻。
京都でお待たせにいただいた物で、飛び上がるほど香り高くて味も濃い。ただ歯に挟まってくるだけの邪悪な胡麻とは違う、一粒一粒ぷりぷりと弾ける、純で清な胡麻なのだ。
卵かけご飯との相性はバツグン。
なので用意。

それからお味噌の代わりにお茶を淹れる。
最近もっぱらお茶ブームだった。
味噌汁を作るのが面倒というのは大前提にあるけれど、美味しいお茶は奥行きがあり、美味しく淹れれば最高のご飯の共になる。
とここまで書いてはたと気づいた。
お茶漬けがあるくらいだから当たり前だった。
でも味噌汁の代わりにしたことはないでしょう。
美味しいお茶はは柔らかく深く、味噌汁の代わりにすらなり得る。
持論だ。


と、ここで電子レンジが解凍を告げる。
ほかほかのごはんをアチアチと踊らせながら、愛用のめしわんの上に載せる。これは自分で作っためしわん。これでおいしさが2倍になる。

ご飯と卵とお茶と塩と醤油とそれから胡麻をお盆に乗せてテーブルの上へ。
ダイニングの上には神が散乱しているのでちゃぶ台に向かう。
愛犬のあずきがお裾分けを狙ってくるが軽くいなしつつ着席。


ほかほかのごはんに、生卵を落とす。
めんどくさいので米の上に直接割り入れて、殻はお盆の端に置いた。指先の白身を舐めとる。
卵と一緒にご飯もざっくりと混ぜる。
全部混ぜるとふわふわにこそなれども、ふわふわでしかなくなるので、白ごはんの塊がポテポテと取り残されるくらいにざっくりと。

まずは塩。
誕生日にもらった旨みの強いおいしい塩をぱらりとかけて、一口。うまい。
奥歯が塩を見つけてジャリジャリと音を立てる。
じんわり舌を伝う塩味が、卵と重なって互いに硬さを削り合い、まあるい味が見つかっていく。
この幸せが永遠に続いて欲しいと願ったところで奥歯が塩を見つけられなくなってきた。
潮時か。

次に醤油をひとたらし。
醤油にはこだわりがない。こだわりがなさすぎて、その時一番安い醤油を買うので、時々味がついてしまっていたりして失敗する。今回はスタンダードの醤油を買えたので、満点。ふるさとの味。
誰のふるさとかと聞かれたら、卵かけご飯のふるさとだと、答えるしかない。
醤油は味が強いのでスイスイと進んでしまい、めしわんの底が見え始めている。
このままでは食べ切ってしまう。

さて。胡麻を入れよう。

胡麻がたんまりと詰まった瓶の蓋をギュッと開けるとふわっと漂う胡麻の薫り。
これよ、これこれ。
瓶を傾けてめしわんの上空に構え、トントントンと人差し指で瓶をあやす。
するとそれ喜んだように胡麻たちが、ふわふわと薫りを立たせながら卵かけご飯の中にストンストンと落ちていく。
これだけで深呼吸が止まらない。

長く楽しみたいという祈りも込めて、瓶の蓋をギッと閉める。
いざ、胡麻。
口の中に掬い入れると、醤油の残り香と胡麻の香ばしさが鼻腔を駆け抜けた。
咀嚼をすれば、一粒一粒の胡麻の中から、プチンプチンと柔らかい香ばしさがたちのぼってきて、卵かけご飯に化粧をする。

ふるさとを巣立った卵かけご飯が、綺麗な着物をきて舞を踊ってくれたような気がする。
華やかで、品があって、深さ感じるこの心地。
最後の一口を飲み込むまで、卵かけご飯は静かに、美しく、豊かな舞を踊り続けたのだった。


なんでこんなことになったんだっけ。

そうだ、ご報告の。
あ、と時計を見ると、いつのまにか私の身体すでに明日にいた。
でも、眠るまでは、今日だ。
持論だけど。


明日朝起きたら、気持ち新たに紙に向かおう。
明日になればいい文字がかける。

この散文が届く今日では無事に、皆様にしっかりご報告できていることを願います。


燦々たる日々爛漫に
明日も良い日になりますように

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